合コンにももう飽き飽きしていた頃に起きた出来事。
GW直前、予定していたクロアチア女子旅がキャンセルになった。
このタイミングでは、他の誰かを誘おうにもみんなすでに予定が埋まってしまっているだろう。けれどもとにかく海外旅行がしたかった私は、思いつきで1人分のバンコク行き航空チケットを4泊5日で予約した。
ー海外旅行といえば去年台湾に一度行ったきりのセカンド海外童貞だったが、不思議とひとり旅への不安はなかった。
ガイドブックを眺めながら、ふとShowaroundというアプリを思い出した。
旅程を登録すると、現地でガイドしてくれる一般の人とマッチングできるのである。念のため断っておくとTinderのようなやましいアプリではない。
きっと、有名な観光地やレストランだけでなく、ローカルな料理や文化も楽しめるはずである。
何人かにメッセージを送ってみたところ、若いタイ人男性と女子大生がそれぞれ1日ずつ案内してくれることになった。
この時点で私のテンションは早くも最高潮に達していた。去年まで一歩も日本を出なかった自分が、見知らぬ国で見知らぬ人たちとの交流。英語もロクに話せないのに、だ。
この旅で、なんだか自分がとてつもなく成長するような気がした。
可愛いスーツケースを買って、出発の日までニヤニヤしながら過ごした。
そして迎えた当日。
旅行2日目、タイ男性と会う約束の日である。
なんと!あれだけワクワクしていたにもかかわらず、此の期に及んで私はひどく緊張していた。
勢いで見知らぬタイ男と会う約束をしたものの、その瞬間がとうとう来てしまったのだ。日本でTinderを使って男と会うのとは比べ物にならない緊張感だ。いやむしろもうTinderは日常と化していたから緊張もクソもないんだった。
待ち合わせしていた駅は真昼間の平日ともあり、ガラガラだった。
こちらに向かってくる男性の影が見えた。あの人に違いない。
ここでは日本語は通じない。もし奴が悪党だったとしても誰にも助けを求められず一貫の終わりである。その時は諦めるしかない。保証人になってくれた叔母さん、奨学金返済おわってないけど許しておくれ。
そんなアホな心配とは裏腹に、男性はそれはもうとてつもなく人懐こい笑顔で、ちょっと照れ臭そうに声をかけてきた。
その話し方がとても可愛かったので、単純な私はすぐに「あ、なんか大丈夫そう」思った。
挨拶もほどほどに、私たちはチャオプラヤ川に向かった。船で川を渡って寺を見るためである。
彼は留学経験があるらしく英語はペラペラだ。私はというと発言のほとんどが「美味しい!」「すごい!」「楽しい!」で完結しておりまるで3歳児だったが、身振りといつもの5倍表情筋を使ったおかげでコミュニケーションは成立していた。
お寺を巡った後、トゥクトゥクでチャイナタウンに向かい早めの夕食を済ませ、バックパッカーの聖地カオサンロードで屋台の食べ歩いた。彼は「タイに来てくれた君をゲストとしてもてなす義務があるから」とたくさんご馳走してくれた。ハイになっていた私は現地の人でも気持ち悪がるサソリの丸焼きもバリバリ食べた。
そして洒落たバーのテラスでビールを飲みながらお互いのことを話した。
気付くと時刻はもう深夜1時をまわっていた。次の日は女子大生と会う約束をしているからそろそろ帰らなければならない。
終電はとっくに終わっていたのでタクシーで送ってもらうことに。
目一杯の感謝の気持ちを伝えると彼は笑顔で「My pleasure, lady.」と答えた。はて。この四半世紀でそんなお洒落な返事は聞いたことがなかった。レディだってよ。
そして「きっといつかまた会おうね」とハグをして別れた。1日が無事に楽しく終わった。
ホテルに戻りシャワーを浴びながらふと考えた。
私は海外旅行デビューしたばかりで、今後も色んな国に行きたい。タイは好きだけれど、再び訪れるとしてもそれはきっと何年も先だろう。『また会おうね』なんて言ったものの、果たして本当に会えるのだろうか。
急にセンチメンタルな気分になった。なんだ、これは。ウルルン滞在記か。そんな泣くことねえだろと思って鼻で笑いながら観てたあの番組か。今なら出演者の気持ちがめっちゃ分かるぞ。その日あったばかりの赤の他人にこんなにも親切にしてくれるなんて。
3日目に会った女子大生もこれまた親切な子で、私は丸1日タイギャルとチャリデートを楽しんだ。
4日目は象に乗るツアーに参加した。ホテルに戻りスマホを見ると1日目の彼から連絡がきていた。
「すべてうまくいってるかい。何か困ってたら連絡してね」
どこまでも親切な人だ。
そしてメッセージはこう続いていた。
「今日は用事があって市内に出て来てたよ。もし君が今日暇だったら、おととい話した大きなショッピングモールに一緒に行けたのになあ😉」
あれと思った。
私に気があるのか...?
いやいやただゲストとして気を使ってくれているのかもしれない。でもなんだこのウィンク。😉
ものすごく確かめたい衝動に駆られたが、今夜は既に予定を入れてしまっている。畜生め、オカマのショーを観てる場合ではなかった。
しかし、帰国の日にチャンスはやって来た。
ホテルのチェックアウトを済ませたは私はスーツケースをゴロゴロ転がしながらショッピングをしていた。するとまた彼から連絡がきたのだ。
「もしよければ、空港まで見送りに行ってもいいかな」
反射的に「モチロン!!すぐ来て!!」と返した。
私たちは空港のカフェで3日ぶりに再会した。私は初めて会った日と別の意味で緊張していたのだが、彼はというとなんら雰囲気は変わらず、ニコニコと留学時代の話をしていた。私に気があるような様子は全くなかった。
(気のせいだったか...)
私たちが話せるのは1時間だけだった。
あと10分というぐらいの時に、あのおセンチモードにスイッチが入ってしまった。
(せっかく仲良くなれたけど、もう会えないんだろうなあ)
感謝の気持ちと、お別れする寂しさを伝えたかったが、うまく英語で伝えられなかった。ものすごく悔しい。でももう時間がきてしまう。
気付いたら私は号泣していた。シラフで人前でマジ泣きしたのは何年ぶりだろうか。鼻水も遠慮なく垂れていた。カフェの店員が全員こっちを見ていた。笑いながら。
彼は「何で泣いてるの」と手を握ってきた。
ほぼ勢いで「I like you.」と言っていた。あれ、loveの方がよかったかな。いやどっかの英会話サイトで読んだことがあるぞ。告白するときはlikeを使うのが自然だと。
一瞬驚いていたが
「実をいうと僕も好きなんだけど、年齢も距離も離れてるから、うまくいくか分からないよ。」
と答えた。
「そんなの気にしない!」
と食い下がった。
遠距離恋愛?いいじゃないの。ロマンチックで。
とにかく私は押しまくった。 なんで今までこれが出来なかったんだろうというくらいあれやこれやと言葉を並べてぐんぐん迫った。
そして...
そして遂に、私にも4年ぶりに彼氏ができたのである。
あまりにも一瞬のことだった。こんなんだっけ。彼氏の作り方って。
出国ゲートの前で涙ながらにキスをして別れた。
シチュエーション的には非常にドラマティックであるが相変わらず鼻水が台無しにしていた。
そして私の初一人旅は終了した。